19世紀にウィーンで愛されたクラシックスタイルが復活!
伝説の「ウィンナーラガー」とは?
本記事では、伝説の「ウィンナーラガー」スタイルについて、これまでの歴史を振り返りながら紹介します。ウィンナーラガースタイルの誕生エピソードから、ウィンナーラガースタイルの特徴、醸造方法まで詳しくまとめています。さらに、2021年3月に発売されたばかりの、ミッケラーとベアレン醸造所の初コラボレーションビール『ミッケラー×ベアレン クールシップ ウィーンラガー』の魅力にも迫ります。
目次
ウィンナーラガーの歴史
ウィンナーラガーの醸造方法
『ミッケラー×ベアレン クールシップ ウィーンラガー』
ビールの歴史に名を残す伝説の「ウィンナーラガー」の歴史とは?
ウィンナーラガーの歴史についてご存知ですか?「ラガー」ビール人気の火付け役といえば「ピルスナー」スタイルが有名ですが、ピルスナーよりも前に登場していたのが、このウィンナーラガー。
ピルスナーが19世紀のラガービール革命に大きく貢献をしたのは事実ですが、実際にその基盤を築いたのはウィンナーラガーだと言われています。
中央ヨーロッパでは、1840年代までビールといえば暗褐色が一般的でした。それは当時、中央ヨーロッパでは直火による麦芽の乾燥が主流で、燃焼ガスや煙が充満した窯で焙燥されていたことが要因でした。この焙燥工程では、麦芽によって乾燥具合にムラがあり、あんまり乾燥していない麦芽もあれば、焦げてしまった麦芽もありました。
一方で、英国では1800年代初期から熱風をつかった焙燥工程が使われていました。この技術により淡色の麦芽を生産することが可能になり、「ペールエール」と呼ばれるスタイルが誕生するきっかけとなりました。しかし、英国で使われていた焙燥工程がなぜ、オーストリアのウィーンで生まれた「ウィンナーラガー」、そして「ラガービール革命」と関係があるのでしょうか?ここからは、ウィンナーラガーの歴史について遡ってみたいと思います。
ウィンナーラガーを完成させたことで知られる醸造家アントン・ドレハー。
1841年、ドレハー氏は淡色の麦芽とラガー酵母を組み合わせた「ペールラガー」を発明した“ビールの王”として、その名を轟かせました。ドレハー氏が発明したスタイルは、ボヘミアン・ピルスナーが誕生する1年前に完成したこともあり、「世界初の黄金色のビール」は彼のスタイルだったということになります。
では、ドレハー氏はどのようにしてウィンナーラガーを完成させたのでしょうか?
ウィーンにあるクライン・シュヴェヒャート醸造所の所有者である、フランツ・アントン・ドレハーの下に生まれたアントン・ドレハー。1820年に父親が他界すると、10歳の若さで醸造所の所有者になります。まだ幼かったドレハー氏は、成人になったときに醸造所の運営ができるようにと、ビール醸造について学び始めます。その学びの一環で、ドレハー氏はヨーロッパ各地の醸造所を回りながら、弟子入りして修業に励みました。
修業中は、友人のガブリエル・セドルメイルとともに各地を巡ります。セドルメイル氏はその後、メルツェンビールのスタイルを完成したことでラガービールの歴史に名を刻みます。セドルメイル氏も当時、ミュンヘン市内のシュパーテン醸造所の所有者で、同じように各地の醸造所を回って修行を行っていました。こうして同じ志を持つ2人が出会い、共に旅を続けたと言われています。
1830年代、英国では熱風をつかった新しい焙燥工程が導入されていました。1700年代までは直火による麦芽の乾燥が主流で、ビールは焦げたスモーキーな風味のある暗褐色が一般的でした。1800年代になり、英国の醸造家や麦芽製造人たちが直接火を使わず熱風で麦芽を焙燥する技術を考案。これにより麦芽の色は薄くなり、焦げたスモーキーな風味がビールから消えたのです。
ドレハー氏とセドルメイル氏は、英国の醸造所で修業している時に、この新しい技術と出会います。その後の研究のためにと、訪れた各醸造所で麦芽や麦汁、酵母の一部を盗むまでしたとも言われています。合法または違法な形でこの新しい技術を学んだ2人は、1836年に各々の街へと持ち帰りました。この時にドレハー氏は、ウィーンにある父親の醸造所を引き継いだのです。
ドレハー氏は、早速持ち帰った新しい英国の技術を使って、キャラメル風味のアンバー麦芽を製造しました。その麦芽を「ウィンナーモルト」と名付け、ラガー酵母と組み合わせます。その結果、完成したのが赤銅色のラガービールで、パンのような香ばしさと微かな甘みのある味わいを実現しました。ドレハー氏は、この新しいビールを「ラガーウィンナータイプ」と呼んで公開。ミディアムボディで赤く透き通ったすっきりとした飲み口のウィンナータイプは、ウィーン市内を飛び越えてオーストリア全土で愛される存在になります。
その後、ドレハー氏はオーストリアだけではなくて、ハンガリー、チェコ、イタリアにも醸造所を開設し、19世紀から20世紀の変わり目にはヨーロッパで最大の醸造会社へと成長しました。そしてヨーロッパを超えて、アメリカにまでウィンナーラガーを輸出した記録も残っています。
しかし、第一次世界大戦に敗れ経済的なダメージを受けたオーストリアでは、ウィンナーラガーの人気は衰え、ウィンナーラガーの存在自体が母国から完全に消え去ります。しかし、偶然にもウィンナーラガーは、オーストリアから遠く離れた別の地で生き残り続けたのです。
1861年、当時メキシコの大統領であったベニート・フアレスが国債の利息の支払い停止を外国に宣言すると、ナポレオン3世がメキシコに攻め入ります。その後、メキシコを支配したナポレオン3世はメキシコ第二帝政を開始し、オーストリア皇帝の弟マクシミリアン1世を皇帝に立てます。3年で崩壊するなど第二帝政は短命だったものの、その3年の間にヨーロッパの醸造家がメキシコに渡ります。そのうちの一人、醸造家サンティアゴ・グラフはウィンナーラガーに影響を受け、メキシコにウィンナーラガーを持ち込みます。
ウィンナーラガースタイルは、禁酒法が解禁されたアメリカでも盛り上がりを見せますが、結局は長続きはしていません。そんな中でも、ウィンナーラガースタイルを保持し続けたのがメキシコです。メキシコでは、多少の改良が加えられたウィンナーラガーが楽しまれていました。トウモロコシなどの穀物を加えたことで、元祖スタイルの力強さは緩和されながらも、モルトの味わいがしっかりと残ったスタイルに生まれ変わったのです。
1926年、メキシコシティの醸造家セルベセリア・モデロは、独自で改良を加えたスタイル「ネグラモデロ」を考案します。このスタイルは、今日もメキシコで愛され続けているスタイルの一つです。そしてここ数十年のクラフトビールブームに、ウィンナーラガースタイルの人気が再燃。復活を遂げたウィンナーラガースタイルは、世界各地でオリジナルのスタイルとして楽しまれています。その中でも代表的なのが「ボストンラガー」と「ブルックリンラガー」です。
ここからは、現代版のウィンナーラガースタイルであるミッケラーとベアレン醸造所の初コラボレーションビール『ミッケラー×ベアレン クールシップ ウィーンラガー』について見てみましょう!
INFOBOX 「ウィンナーラガー」と「(ミュンヘン) メルツェン」の違いとは?
「メルツェン」という言葉は、ミュンヘンよりも前にウィーンで使われており、メルツェン(3月)に仕込まれた洞窟の地下貯蔵室で保管されたビールを指しています。そのこともあり、 セドルメイル氏は最初新しいメルツェンビールを「3月にウィーン流で醸造されたビール」として宣伝します。この(ミュンヘンの)メルツェンビールは、おそらくウィーンのメルツェンスタイルを模倣したもので、セドルメイル氏が開発した新しい麦芽と組み合わせたことで、元祖メルツェンビールよりも人気を得たと考えられます。今では、メルツェンビールといえば、ミュンヘンでセドルメイル氏が醸造したビールを指すようになりました。
ウィンナーラガーとメルツェンビールは、同じレシピを元にしていることもあり、共通点が数多く見られます。両者ともミディアムボディで、モルトの味わいが濃い中央ヨーロッパのビールらしさのあるビールです。
しかし一方で、違いもいくつか見られます。
メルツェンビールは、程よい甘さがある一方で、ウィンナーラガーはドライな飲み口が特徴です。さらに、ウィンナーラガーは苦味がありますが、メルツェンビールは(デュンケルラガーと同じように)そこまで苦味を前面には出していません。その証拠に、苦味を数値化したIBU値で比較すると、メルツェンビールは20前半ですが、ウィンナーラガーは20後半と高くなっています。後味に残るアロマで比べると、ウィンナーラガーよりもメルツェンビールの方がより後味がしっかりしています。色合いはどうでしょうか?メルツェンビールは黄金色から赤褐色をした色で、色度数で見ると18〜25 EBC(9〜13 SRM)であるのに対して、ウィンナーラガーは22〜28 EBC(11〜14 SRM)です。 比較の参考に19世紀初期に主流であったデュンケルラガービールを見てみると、色度数は40 EBC(20 SRM)と大きな差があります。アルコール度数では、メルツェンビールの方がウィンナーラガーよりも若干高めです。メルツェンビールは約6度ですが、ウィンナーラガーは約5度で、ミュンヘンのエクスポートラガーと同等のアルコール度数があります。
両者のビールが革命的だと称された理由は、前述した通り、麦芽の乾燥に直火ではなく熱風を使うという英国流を導入したことが挙げられます。それぞれのビールで使われた麦芽は、現代では「ウィーンモルト」「ミュンヘンモルト」と呼ばれています。
《豆知識》
オーストリアでメルツェンビールを注文すると、明るい黄金色のラガービールが出されます。なぜなら、オーストリアのメルツェンビールは、ドイツのヘレススタイルを元にしているからです。これは、当時ミュンヘンのメルツェンスタイルを模倣しようとしていたオーストリア人たちが、メルツェンではなく黄金色のヘレススタイルを元に、セドルメイル氏のメルツェンビールを作ったのが理由です。その後、オーストリアでは誤って作られたビールをメルツェンと呼んだことから、このような違いが誕生しました。オーストリアとドイツで真逆のことが起こるという、「ウィンナーラガー」と「メルツェンビール」の興味深い歴史エピソードではないでしょうか?
ウィンナーラガーの醸造方法
まずははウィンナーラガーの仕込みについて詳しく見ていきましょう。
ウィンナーラガーのオリジナルレシピが、ウィーンのクライン・シュヴェヒャート醸造所に残っていますが、その内容はとてもシンプルなもの。ウィーンモルトとノーブルホップを使っており、糖化工程としてデコクションマッシングを使い、下面発酵の酵母で発酵させて、時間をかけてゆっくり低温で冷蔵して熟成させます。工程自体は、いとこにあたるババリアンラガーやボヘミアンラガーに似ていますが、モルトに大きな違いがあります。ウィーンモルトは、ボヘミアンラガーの麦芽よりも色濃くてフルボディタイプですが、ミュンヘンのメルツェンデュンケルの麦芽よりは薄い色をしています。
2016年に、誕生から175周年を迎えたウィンナーラガーを記念して、クライン・シュヴェヒャート醸造所は新しく改良したウィンナーラガーをリリースしました。醸造家のアンドレアス・アーバン氏は、ウィーンモルト60%、ピルスナーモルト40%を使ったレシピを考案。このレシピでも赤銅色であることには変わりなく、深みとスッキリとした口当たりがあります。ホップの風味が程よく感じられ、モルトの味とは対照的に柔らかなハーブの風味もあります。今では、多くのオーストリア醸造家たちが、元祖ウィーンモルトをベースとした新しいスタイルのレシピを考案しています。組み合わせ方やホッピング製法はそれぞれ醸造家によって異なりますが、ドレハー氏が作った元祖ウィンナーラガーと同じ濃厚で力強さのあるスタイルを目指して改良を続けています。モルトの風味に深さを出すために、デコクションマッシングがよく使われています。
『ミッケラー×ベアレン クールシップ ウィーンラガー』ができるまで
ウィンナーラガービールを作るときには、レシピを改良したとしても、元祖ウィンナーラガーにできるだけ近づけることに重きが置かれています。デコクションマッシングを使わないことで、ミュンヘンモルトやメラノイジンモルト、キャラメルモルトのようにモルトに深みがでます。
ホップには、苦味のためドイツのビッターホップを使い、沸騰してからヘルスブルッカーを加えてアロマの香りを出しています。さらに、沸騰後にもホップが加えられます。日本唯一の銅製クールシップ(麦汁冷却槽)を使いながら、高温の麦汁が追加される前に新鮮なヘルスブルッカーのリーフホップを投入します。クールシップに麦汁を18時間置いておくことで、ホップのオイルが麦汁に染み込み、ほのかなハーブと柑橘風味が加わります。実際にビールを口にすると少しレモンのような風味が感じられます。
高温の麦汁にホップが加えられたことで、部屋全体にトフィーとハーブのリッチなアロマの香りが充満します。
一夜漬け置きしたあとは、ホップが染み込んだ麦汁を発酵タンクに移します。ベアレン醸造所では、すべてのビールの発酵がオープン発酵槽で行われます。この手法を使うことで、狭いタンクの中よりも自然でストレスフリーな環境で酵母が動くことができます。オープン発酵槽は、自然な環境で酵母を成長させ、味の劣化を防ぎながらスッキリとした飲み口のビールを実現するために多くの醸造所で使われている手法です。3週間分の二次発酵と低温冷蔵を行うことで、ビールがしっかり熟成する期間が確保され、バランスのとれたモルトとホップの風味が感じられるビールに仕上がります。
『ミッケラー×ベアレン クールシップ ウィーンラガー』を試飲!
クールシップウィーンラガーは、見る人の目を楽しませる、明るい赤銅色にアイボリー色の泡が上にのったビールです。グラスに注がれたビールからは、香ばしいパンとトフィーのほのかな香り、そしてホップ由来のハーブとレモンの香りを鼻で感じます。バランスのとれたほのかな香りが特徴です。ビールを口にすると、モルトとホップが口いっぱいに広がります。モルト由来の甘いキャラメル風味が感じられ、それと対照的なホップ由来の苦味が舌で味わうたびに強みが増します。ミディアムボディとマイルドな炭酸で、心地よい口当たり。スッキリとした後味で、すぐにもう一口飲みたくなる余韻を残します。昼夜を問わず飲むことができる飲みやすいビールで、飲むだけで1800年代のオーストリア帝国にタイムスリップしたかのような気分にさせてくれます。
「クールシップウィーンラガー」は1年に1回醸造される、数量限定のビールです。今後はまた2022年にベアレン醸造とミッケラーとのコラボレーションで仕込む予定です。
INFOBOX「クールシップ」とは?
クールシップとは、ヨーロッパで使われていたクラシックなビール醸造設備です。
天井面が開いた、幅のある平たい槽で、麦汁を冷却できます。表面質量が大きい形をしているため、より効果的に冷却をすることができます。クールシップは、冷却装置が発明される前から、醸造所などで使われていました。初期の頃は、木製のクールシップが一般的でしたが、その後銅製のクールシップがメインで使われるようになりました。ヨーロッパでも未だに銅製のクールシップを使う醸造所があります。クラフトビールブームの影響で、クラシックなビール醸造設備を好む醸造所の中には、ステンレス鋼を使ったモダンなクールシップを使う場所もあります。特に、自然発酵が必要なサワービールではクールシップが積極的に使われています。なぜなら、発酵時に自然と微生物が麦汁に入り込むからです。一方で、サワービール以外でクールシップを使う場合には、微生物による感染に注意を払う必要があります。徹底した衛生管理はもちろん、キレイな麦汁での製造と移動が求められます。
経験とスキルを持ち合わせた醸造家でなければ、クールシップでラガービールは作れないとされています。