ビールとスパイスについて ―歴史から見るビールとスパイスの関係―
ビールの副原料として多くの種類のスパイスがビールに使われている。ベルジャンホワイトを作る際に使われるオレンジピール、コリアンダーシードなどがその代表的なものだろう。今回はそんなスパイスとビールの歴史を紹介していきます。
ベルガモットを使用したホワイトエール
Grembergen Zomer Wit
(Brouwerij Alken-Maes)
エルダーフラワーを使用したホワイトエール
Toetëlèr Wit
(Brouwerij Den Toetëlèr)
―歴史―
ビールとスパイスというのは切っても切れない存在です。ドイツの純粋令により数種類のスパイスをビールに使うということは減ったが、ホップというビールとは切っても切れないものもスパイスの一種と考えると、ビールにとってどれだけスパイスが重要か見えてくると思います。
ビールの歴史は紀元前3千年頃からだといわれています。このころのビールにも何かしらのスパイスが使われていたのだと思われます。ビールは誕生から常にスパイスと一緒に進化を重ねてきたのです。
ベルギーでは昔、Gruut(グルート)という数種類のスパイスをブレンドしたものが使われていました。ただ、このグルートに使用されていたスパイスが一体何だったのかを記した書物などがなく、実際どんなビールだったのかははっきりとはわかりません。
その理由はグルートが醸造所からのお金の徴収、今でいう酒税のような役割をしていたためです。
グルートは数種類のスパイスがブレンドされたものであり、その大きな役割はビールを腐らなくするためでした。このグルートを入れなければビールはすぐに腐ってしまい、ビールをたくさん販売することはできなくなってしまいます。ですので、醸造家は必ずグルートを使わなければいけませんでした。
グルートの原料となるスパイスですが、今でこそスパイスは料理に使うものというイメージが強くなっていますが、もともとは薬として使われていました。なので、今の薬のようにスパイスの知識、調合といったスパイスの扱い方は非常に難しいものであり、それを管理、研究できたのは一部の研究機関、当時では修道院がその機関でした。
あまりイメージがわかないかもしれませんが、昔の修道院は今でいう大学や研究所のような機関で、学問の研究、発表、教授が行われる場でした。もちろん医療に関しても修道院で行われていたので、薬となるスパイスの研究も修道院で行われていました。
そんな修道院がビールのために、腐らなくするためのスパイス、グルートを調合し、それを領主が管理、お金の徴収を兼ねて醸造所に売るという流れが誕生しました。
もしこのレシピが一般の人に知られてしまえばお金の徴収ができなくなってしまうためにグルートのレシピは厳重に管理され、今ではどのようなものだったのか詳細に記した書籍がないことにつながります。
ここで述べたようにグルートはその地域の領主、修道院が管理していたので、それぞれの修道院の管轄する地域ごとにビールの味は異なり、ビールの味と造りの多様化にも大きく貢献しました。
Gruut Wit
(Gentse Gruut Brouwerij)
Gageleer
(De Proefbrouwerij)
そんなグルートに使われるスパイスの1つとして800年頃、ドイルのヴァイエンシュテファンの修道院でホップを最初に使いました。しかし、グルートからお金を徴収していたこともありホップが広がることはありませんでした。
1300年ごろになりようやく少しずつホップが広まり始め、1400年代初頭にはドイツよりホップの輸入が始まり、一気にホップがビールに欠かせないスパイスになりました。
ホップは、グルートの効果として最も大切な防腐作用を持ち、グルートの副作用としてビールに感じられた苦みもあり、爽やかな香りもあります。数種類のスパイスをブレンドして造られていたグルートのすべてを1種類でまかなえるという、ビールのために生まれたのかと思うような理想的なスパイスのホップは瞬く間に全世界に広がりました。
ホップに取って代わられたグルートは世界中からどんどんその数を減らしていきました。ドイツにおいては純正令により、そもそもホップ以外のスパイスをビールに使うことが禁じられました。
純粋令がなかったベルギーでもグルートは使われることはなくなっていき、ホップにその立場が置き換わっていきました。一部のスパイスのみホップと共存するかのようにビールには使われ続けることにはなりましたが、4000年近いビールの歴史はホップというスーパースパイスの登場により大きく変わりました。
現在では麦芽、ホップ、イースト以外にビールにスパイスを使用した場合、それを副原料といい、本来ビールに入れないもののように扱われています。ただ、実際はホップが誕生するまでのビールの歴史の8割近い長い間、スパイスを入れるのが本来のビール造りでした。
これからの時代もそれは変わることはないと思われます。ただ、スパイスを入れた変わったビールという扱いではなく、スパイスを使用した普通のビールといえるような、毎日飲めるおいしいビールが流行る時代も来るのではないでしょうか。
では実際醸造において、スパイスを使用するにはどのようなことに気を付けていけばいいのでしょうか。ベースとなるビールは何がいいか、スパイスの使用タイミングは、使用するスパイスの種類は、など醸造に関してのことを紹介していきます。
スパイスを使用している修道院ビール
Chimay Red
(Bières de Chimay)
複数のスパイスを使用して造られる
クリスマスビール
Canaster
(Brouwerij De Glazen Toren)